梅雨の晴れ間
梅雨入り宣言した途端晴れが続く。自然は自然。
人間の側が勝手に区切りを付けようがそうした
浅はかさには、自然の方が悪戯をする。
遠い昔夕張の山野を駆け巡っていた頃、父も母もとても若く、透き通った光が溢れていた。
未来は霧の中だったが、それも遥かな過去..
この現在の、二度と来ない一瞬を掴んで離さないようにしないとね。
遠い記憶
昔の事ほど鮮やかになるのは完全に老化現象だと言う。
でもさ、最近のものほどロクでもなく見えるのは仕方がないと思うのだ。
色々なモノが進化どころか退化にしか見えない。
大事なモノって不変的な日常性の中にしかない。
生きる勇気、めげないさ..
孤独の豊かさの困難な課題
レヴィナスの「困難な自由」は難解だが暖かな本だ。
勿論言葉使いは難しいが、それを乗り越える忍耐があれば
とても豊かな報酬がある。
一人だと男性って酔っぱらているのが多い。
私たちは違う。普段雑然とした所用や家族に余儀なく囲まれている分
その貴重さが分かる。
近くて遠い家族の中で感ずる、どうしようもない孤独
遠い誰かに近さを感ずる官能と退廃..
意思と感情なら前者は大抵は負ける。
感情に身を任せる危険..
だからこそ、か弱い意志を尊重してあげる。
男性の性器を慈しむように..
永遠の謎もとい普通の事
相手の振幅が自分のそれを超える時、同じことだが、自分の振幅がなんでもない時、微かな差異が増幅されてしまう。気にしなければよいと思う。
今流行りのアドラー心理学で言う課題の分離なのだ。しかし、相手がとても大事な特別の人の場合、とても難しい課題になる。何が?課題の分離ってやつがだ。
自分でも何を言ってるのか判らなくなることなんてしょっちゅうある。ましてや他の人のいう事は推して知るべしなのだが..静かに受け流す、涼しい笑顔で生活する。
永遠の謎は、ゴルディアスの結び目を解かずに断ち切ったアレクサンドロスと同じことなのかも知れない。解こうとすれば不可能、でも一見無関心になんて生きられる筈もなし。
だってバッサリ切り落とせるなら苦労はない。まあ、黙って寝てしまうだけだ。
明日の朝には、何か変わってるかもね。雨ばかりで、台風も近づいてるけど。
酔っぱらい
あなたが好き。
神秘的で享楽的で..
でも一途に真実を求めて、自分の道を進んでいる。
高貴な横顔は、誰も汚せない..
遠い過去に出会ったかもしれないし、
平凡な思い込みかも知れないし。
時空を超えた存在or願望or悪夢(^_-)-☆
それはお互いに時間が経ってみないと、たぶん理解らない。
でもあなたに会いたいな、抱きしめてもらいたい..
もう一度、永遠に..
仕方のない追憶
40年前の恋みたいなもの..
男の子は頭でっかちで自信の無さを抽象的な観念を得意になって駆使する事で煙に巻いたつもりで、こちらの表情を窺っている。
こちらは生身の愛が欲しいのだ。村上春樹の主人公の男の子達、クールで女の子の心理をよく知っていて、性的にも優位に立って物事を超越したように見える彼等..
あれは村上氏の願望というか或る意味理想像なのかも知れない。
10代から20代の男はもっと不器用だし。それでいいのだと思う。
あの頃の彼は私の漠然とした欲望には、応えてくれる度量と深さはなかったけれど、
今はどうしているだろう。得意げに若い女の子を口説いているのだろうか。
そういうタイプのおじさまには、たぶん、なってはいないと思う。
遠い記憶
昔、空知にあった母の実家で毎年暮れに近所の若い衆の手助けで杵と臼で餅をついていた。つきたての餅はそのまま食べると熱くて甘くて、ふはふはいって当たり前にほおばっていた。
ああいう餅にその後会ったことがない。子供の幼稚園の行事では大理石の臼。でもそれは水分を吸収しはしないし、同じ臼とは言っても出来上がったお餅は似て非なるものだった。
そういう餅と同じような失われてしまった地味なものは数知れない。
地味かつ滋味に富んだモノ達を維持することって、とても難しい。
せめて自分の中にこそ、そういうものを持ち続けたいけど、
そういうのが真の余裕ってやつだな。